日本ベンチャー学会誌No.10 要旨 論文一覧
VENTURE REVIEW 日本ベンチャー学会誌No.10 要旨
September 2007
研究論文
- 渡辺 孝 (東京工業大学)
「大学発ベンチャーのイノベーションプロセスと戦略」 -
米国のシリコンバレーにおけるITやバイオなど先端分野のイノベーションが新興企業群によって達成され、新興企業群への大学発テクノロジーの移転および大学研究者による創業が注目されるようになってきた。米国以外の多くの国でその振興が政策課題となり、日本も例外ではないが、残念ながら成功事例を生むまでになっていない。本論では、起業家精神が旺盛とは言いがたい国である日本で、大学発ベンチャーを成功させるには、どのような戦略が必要であるかを論ずる。
イノベーションにおける分類で、大学の技術を対象とするケースの多くはテクノロジープッシュ型であり、最も成功させるのが難しいタイプである。戦略としては、テクノロジーリスクとマーケットリスクに挑戦するために、シーズの厳しい選択と手厚いサポート、およびビジネス系人材の登用が必要である。キーワード:大学発ベンチャー、イノベーション、テクノロジープッシュ、マーケットプル、インキュベーション
- 玉井 由樹 (東北大学大学院経済学研究科)
「地域ベンチャーキャピタルの形成と機能」 -
近年、大学発ベンチャー企業が増加するにつれて、成長初期段階における資金調達が課題となっている。
本稿では、この課題に対し、地域密着型の新しいベンチャーキャピタル(以下、地域VCと略す)が、いわゆるクラシックVCとして、その解決策となりえるのではないかという問題意識から、わが国においてクラシックVC機能をもつVCを形成する必要条件の検討を行った。
先行研究の整理および事例考察からの発見事項は以下の2つである。第1に、出資者の発案によりクラシックVC機能を持つ地域VCを形成する場合、一定の特徴を持つ出資者の存在、事前のファンド設計、ベンチャーキャピタリストの選択が重要である。と同時に、これらの条件は密接に関連している。第2に、VC市場に不慣れな出資者とVCとがエージェンシー関係を構築する場合、エージェンシー問題の回避に向けて、契約やモニタリングといった方策だけでなく、信頼関係を構築する動きが観察された。 VCと出資者との信頼関係が強くなるほど、エージェンシーコストを低減する効果が期待されている。キーワード:地域ベンチャーキャピタル、エージェンシー理論、クラシックベンチャーキャピタル
事例研究論文
- 伊藤 嘉浩
「国際創発新規事業開発の失敗の理由」 -
本稿ではこれまで明らかにされてこなかった国際創発新規事業開発の失敗事例の詳細を提示し、この新規事業の困難点や失敗要因等について、マーケティング、新規事業開発論および国際経営論の視点を考慮して総合的に分析と考察を行った。事例はキヤノンの英国発のスピーカーの新規事業である。
その結果、この新規事業の誘因として、貿易摩擦の問題と現地でのチャンピオン活動が指摘された。
一方、失敗要因として、製品レベルの問題として製品のポジショニングが顧客ニーズに一致していなかったことと製品コストが高くなる点が指摘された。また、好評であった業務用製品の市場投入の時期の遅さとそれへの集中のなさが指摘された。さらに、各国販売会社の機能不全、キヤノン・ブランド使用による国際販売チャネル制限、現地以外にチャンピオンが存在しなかったこと、および海外での知的財産管理の弱さ、が指摘された。キーワード:新規事業開発、創発性、国際R&D、チャンピオン、キヤノン・オーディオ
- 塩濱 敬之 (東京理科大学)/高石 尚和 (東京理科大学工学部経営工学科)
「新興3市場における収益率のボラティリティ変動モデルによる分析」 -
ベンチャー企業育成のために新興3市場が果たす役割は大きい。本論文は、新興 3市場における収益率とボラティリティ変動に関する実証分析である。分析には、GARCH-Mモデルを用い、新興市場の流動性の指標である売買代金がボラティリティに与える影響と高リスクを伴うベンチャー企業に投資するときのリスクとリターンの関係を捉えることを目的としている。そのために2006年1月17日のライブドアショックが新興3市場に与えた影響について検討した。本論文で得られた主な結論は以下のとおりである。(1)ライブドアショックは新興3市場のすべてにおいて収益率のボラティリティを増加させた。 (2)その要因として株価指数の下落がボラティリティを増大させた。(3)新興市場における流動性の指数として売買代金を考えると、ライブドアショック以降新興市場の流動性は低下しているが、それがボラティリティや収益率に与えた影響はない。(4)リスクとリターンのトレードオフ関係はライブドアショック以降新興市場において存在しない。
キーワード:新興市場、 GARCHモデル、 IPO、ライブドアショック、構造変化
日本ベンチャー学会誌No.9 要旨 論文一覧
VENTURE REVIEW 日本ベンチャー学会誌No.9 要旨
March 2007
研究論文
- 鈴木 勘一郎 (株式会社ジーエヌアイ)
「中堅中小企業におけるサイコロジカル・エンパワーメントの実証研究」 -
エンパワーメントは、権限委譲なりパワー共有などの関係的概念である側面と、人間の内面にあるパワー欲求を増強しようという動機的概念という側面があり、後者をサイコロジカル・エンパワーメント(PE)と言う。
中堅中小企業(96社)へのアンケート調査をもとにして、PEに関する3つの命題について実証研究を行った。すなわち、トップのリーダーシップ、情報共有、コミュニケーション、権限委譲、人事制度などからなる組織特性が、1)自己効力感、有意味感、自己決定力からなるPEにどのような影響を与えるか。次に、 PEが成果である2) 挑戦意欲と3) 経済的業績にどのような影響を与えているか、という2段階の分析を行った。
結果は、リーダーシップ、コミュニケーション、人事制度などはPEに影響を与えていることが検証された。またPEは挑戦意欲に影響を与えているものの、業績については必ずしも明確な影響が出ているとは言えなかった。
結果から注目される観点として、権限委譲が特異な振る舞いをしており、PEにも成果にも影響を与えていない点が挙げられる。これは通常の常識とは異なる結果であり、今後の一層の研究が待たれる。キーワード:エンパワーメント、権限委譲、リーダーシップ、コミュニケーション
- 小倉 都 ((独)産業技術総合研究所)
「産学連携制度の変革期における再生医療分野のトップサイエンティストの研究とイノベーション」 -
本研究では再生医療分野に焦点をあて、研究者の研究活動およびイノベーション活動を論文、特許データを用いて分析した。論文業績の高いトップサイエンティスト(TS)の論文、特許活動に着目した結果、日本では再生医療研究は主に産業技術総合研究所(産総研)と限られた数の大学で進展していることがわかった。また TSの論文、特許活動から産学連携制度改革の影響は十分読み取ることはできなかったが、所属による特徴は明らかになった。産総研の研究者は大学と比べて様々な所属の多くの研究者と多くの論文を執筆していた。また産総研では特許を機関帰属とする傾向が強く、特許の発明者数、出願人数は大学に比べると少なかった。一方、大学ではTSの論文活動は研究室の師弟関係を中心とした狭い所属を基盤に進められており、特許活動では個人差が大きいことがわかった。
キーワード:再生医療、ティッシュエンジニアリング、トップサイエンティスト、論文、特許、産学連携制度
- 謝 凱雯 (台湾 義守大学)
「台湾における中小企業への貸出金利の決定要因」 -
企業金融において、大企業は資本市場からの資金調達手段を活用できるのに対し、中小企業は金融機関からの借入に依存する比重が高いことが認識されている。また、多くの中小企業は小資本であることに加えて、情報の非対称性が存在しているために、資金調達は企業経営に直面する問題の中での最大の障害の1つといわれている。
資金調達では、企業の経営状態や所有している資産のうち、担保として提供できるものの多寡、また将来の期待キャッシュフローの程度などが資金調達に影響を与えると考えられる。したがって、中小企業は大企業よりも融資が返済不能になる可能性が高い、そして金融機関にとって利用可能な情報が不完全であるという認識である。その意味で中小企業、特に新規開業企業では、収益性の不確実性や担保不足による資金調達問題を抱えている。
一方、金融機関は成功報酬によって報われるのではなく、貸出金利によってのみ収益を得られる。そのため融資先のリスクに応じた金利設定を行っている。したがって、貸出金利は金融機関が企業や経営者の潜在的な情報を評価する1つの基準だと考えられる。そこで本稿では、貸出金利は企業家属性と企業属性と融資内容に影響されるという仮説を立て、これを計量分析によって検証した。その結果、企業年齢、企業家の特性、特に担保の提供などは貸出金利に有意な影響を与えることが検証された。キーワード:中小企業金融、貸出金利、担保、政府の支援政策
事例研究論文
- 芦田 耕一 (東京大学大学院薬学系研究科)/新藤 晴臣 (明星大学)/木村 廣道 (東京大学大学院)
「バイオベンチャーにおける事業コンセプト形成」 -
我が国では近年、バイオベンチャーの設立が活発になり企業数が増加しているものの、それらの多くが経営的な課題に直面していると指摘されている。一方、我が国においてバイオベンチャーに関する研究は端緒についたばかりであり、バイオベンチャーの起業家活動、特に事業コンセプトの形成について明確に論じているものはまだ少ない。本事例研究は、再生医療という先端医療の実現を目指しているバイオベンチャーの事例研究を通じて、バイオベンチャーの事業コンセプトの形成に何が影響を与えているかを考察することを目的としている。本研究により、バイオベンチャーの事業コンセプトの形成において技術特性、ネットワーク、医療規制の 3つの要因が影響を与えていること、社会的便益とリスクのバランス、価値連鎖が関連していることが示された。
キーワード:バイオベンチャー、事業コンセプト、技術特性、ネットワーク、医療規制
- 行本 勢基 (早稲田大学)
「地域産業システムの再編と中小企業の新規事業構築」 -
本論は、鳥取県内中小企業の事例研究を基に、日本の地方圏における地域産業システムの再編過程について考察している。従来の地域産業では賃加工に従事する中小企業が多く、低い付加価値しか提供し得なかった。誘致された量産工場の地域における役割が大きく変わる中、既存の中小企業は賃加工からの脱却が求められている。そのための一つの方策が研究開発機能を持った「リージョナルサプライチェーン」の構築である。しかし、企業競争力の視点から、その具体的な内容を明らかにした研究は少ない。本論で得られた知見によれば、相対的に衰退してきた地域の伝統産業である農水産業との有機的連携が既存企業の競争力向上に結びついており、地域内の産業連関の強化が重要だといえる。従来の企業誘致政策は、都市圏と地方圏との間に硬直的な分業構造をもたらしたが、本論では既存の中小企業における地域資源の有効活用や人的ネットワークの構築が都市圏との新しい関係性を創出する可能性も指摘している。
キーワード:地域産業システム、リージョナルサプライチェーン、地域資源
- 長谷川 克也 (早稲田大学)
「ハイテク・ベンチャーの資本構成リストラクチャリング」 -
シリコンバレーのハイテク・ベンチャーでは、事業展開が順調に進まず当初計画の抜本的見直しを迫られた場合、資本構成の再構築(リストラクチャリング)により再出発を図ることが多い。本論文ではシリコンバレーにおいてリストラクチャリングがどのように行われるかを分析する。
資本構成のリストラクチャリングは既存投資家の一部が主導する場合が多く、他の既存投資家および創業者等の持株比率を極端に希釈化して実質的にその経済的価値を消失させるような資金調達によって実施される。また資本構成の変更に伴って、ビジネスモデルの変更、事業分野の変更、経営陣の交代などが合わせて行われる場合が多い。
資本構成のリストラクチャリングによるベンチャー企業の再出発は、それまでの投入資金や事業に至らなかった開発技術を有効活用して、新規事業への再挑戦を可能にする手法として有用であり、シリコンバレーにおけるリストラクチャリング手法は日本においても活用が必要と考えられる。キーワード:リストラクチャリング、資本構成、リスタート、事業再生、シリコンバレー