日本ベンチャー学会誌No.4 要旨 論文一覧
Japan Ventures Review 日本ベンチャー学会誌No.4 要旨
November 2003
論文
- 山田 幸三(上智大学)/江島 由裕(UFJ総合研究所)
「創造的中小企業の経営と戦略的決定」 -
この論文では、1995年の「中小企業の創造的事業活動の促進に関する臨時措置法」で認定された中小企業の経営の特徴について、トップマネジメントを中核とした戦略的決定に焦点をあてて分析する。わが国の成長可能性を秘めた中小企業の経営に関して、経営戦略論の視点から包括的に分析した実証研究は、欧米に比べて十分な蓄積があるとはいえない。郵送質問票調査とインタビュー調査に基づく分析から、次のような結論が得られた。わが国の創造的中小企業は、全体として企業家的なトップを中核として明確な戦略的決定をおこなっている。企業年齢は、創造的中小企業の経営に影響を及ぼし、若い企業の戦略的決定はより企業家的である。家族経営と非家族経営の間に際立った違いはない。家族経営企業の戦略は保守的な防衛型戦略ではなく、企業家的な探索型戦略をとっている。成果の高い創造的中小企業の戦略的決定とトップの特徴は、成果の低い企業と比べてきわだって企業家的である。
キーワード:創造的中小企業、戦略的決定、企業家精神、家族経営、探索型戦略
- 近藤 正幸 (横浜国立大学大学院)
「ベンチャー・クラスター」 -
産業発展及び産業競争力の源泉として特定の産業及びその関連産業の集積であるクラスターが注目されているが、本稿では、クラスターを産業の集積ではなく、ベンチャーを創出する「機能」に着目して、「ベンチャー・クラスター」という新たな概念を提示する。「ベンチャー・クラスター」には、知(技術)の供給源、ハード支援機能(インキュベータ、ベンチャー・キャピタル・ファンドなど)、ソフト支援機能(経営コンサルティング、会計支援、人材教育、人材斡旋、ネットワーキング機能など)、産業的・社会的受容、といった要素機能が必要である。
この「ベンチャー・クラスター」の概念を用いて、札幌で現在生じているバイオ分野を中心とした大学発ベンチャーの創出の状況を分析した。その結果、大学発ベンチャーを創出する「ベンチャー・クラスター」または大学発ベンチャーに焦点を当てた「大学発ベンチャー・クラスター」とでも言うべき機能面で多層的で有機的なまとまりをもったクラスターがダイナミックに形成されつつあることが明らかになった。キーワード:ベンチャー、クラスター、大学、札幌、バイオ
- 文能 照之 (大阪府立産業開発研究所)
「ベンチャーに対するクラスター機能の有効性研究」 -
ベンチャー企業に関する様々な研究や支援が実施されてきたにもかかわらず、我が国では米国のように急成長を遂げ新産業の担い手となる企業が見出されない状況にある。これまでの経験から学んだ点は、新産業や新事業は地域経済との関わりがないところからは生まれないということであり、海外で見られるように産業集積としてのクラスターが極めて重要な役割を果たしていることであった。
そこで本稿では、特定の地域において産業集積が果たす役割、すなわち集積メリットを醸成するクラスター機能に着目し、それがベンチャー企業の創出に有効となることを実証的に解明した。特に集積メリットを生かした経営を実践している企業では、クラスター機能の1つである「地域資源」要因が生産性や収益性の向上に寄与することが判明した。このことから行政が新産業・新事業の創出を図るには、集積内に身を置くことで入手可能となる様々な資源を企業が有効に活用し、絶えず最先端の技術・製品が誕生するようなイノベーションを繰り返す環境を整備することが重要性となる。キーワード:ベンチャー、新産業、クラスター機能、産業集積、イノベーション
- 吉川 智教 (早稲田大学大学院)
「産業クラスターの持続性と新産業創出のメカニズム」 -
マーシャル(1921)は、18-19世紀にかけての英国の繊維産業の発展を詳しく分析し、なぜ特定地域に特定産業が集積するのかを問うた。その地域には、(1)その産業固有の労働者がいるから、(2)補助産業があるから、(3)その産業固有の技術的な情報が伝場しているからと答えている。
本研究では、燕・三条を例に取り、長期的に集積がなぜ可能かを解明したい。同一地域に比較的長期間にわたって産業集積がみられることは、同一地域内で産業構造の変化がみられるわけである。それは、長期期間にわたって、特定地域内で産業構造の転換に成功していることを意味する。これらの地域は、広い意味でのイノベーションが長期にわたり行われていることを意味している。そのメカニズムの解明は、新産業創出のメカニズムの解明でもある。
新産業への転換がどの様に、行われているのかを解明する。以上の視点で、燕・三条の400年の産業集積の歴史を観察すると、1)企業レベルにおける産業転換のメカニズムと2)地域レベルの産業構造転換のメカニズムに分かられる。特に、2)に関しては、集積すればする程、企業間の競争が起こり、企業間の差別化、技術の専門化が引き起こされる。それだけであれば、地域内で分業化を引き起こされだけで、集積は長続きしない。そこに、企業間を統合して、新分野で新製品開発企画を行う研究開発型ベンチャー企業の存在が重要性を持ってくる。キーワード:産業クラスター、イノベーション、産業クラスターの持続性、新産業創出、産業転換
- 高津 義典 (香川大学)
「ベンチャーの経営危機、撤退、再起可能性」 -
我が国では事業に失敗すれば再起はむずかしいとされる。しかし、国内の起業家に接してみると失敗からから出直した「再起者」もかなりいる。
再起者となりうるには、どうすればいいのだろう。事業の将来につき早めに決断する「見切り千両」、取引先など関係者への迷惑を最小にとどめる、債務処理に万全を期する、などが重要である。
日本経済は、追いつき型の段階を脱してフロントランナーとなった。今後の発展を期するには未踏分野への挑戦が不可欠である。事業のリスク度は高くなり、失敗するケースも増えざるを得ない。
よって、事業の失敗をきびしく見る経営風土は改変されなければならない。ひとたび失敗しても起業家の再起への願望は強い。彼らの経験を生かすことが、今後の我が国には重要である。
起業資金の調達に直接金融の道を太くすることも必要である。産業金融のあり方やこれにともなう個人保証や不動産担保の慣行も見直しを迫られる。キーワード:ベンチャー、経営危機、撤退、再起、起業風土
- 藤橋 琢磨 (みずほコーポレート銀行)
「我が国ソフトウエア産業におけるベンチャー企業」 -
我が国ソフトウエア産業には、ベンチャー系開発企業と非独立系開発企業とが併存している。
非独立系開発企業は親会社の保護のもとで業績が安定的であるのに対し、ベンチャー系開発企業は激しい競争にさらされている。
我が国の場合は、ソフトウエア調達がハードウエアのベンダーとの関係で決まり、ベンチャー系企業が当初から排除されているケースも多く、市場競争の条件は整備されていない。
共通応用ソフトウエア、個別応用ソフトウエアを互換性に基づいて定義し、Shy(2001)を前提に経済厚生の分析を行うと、総社会余剰は互換的なソフトウエアを開発することにより高まる。
しかし互換性へのシフトはアプリオリに生じない。互換性にシフトするためには、①協調とそれに対するコンサルティング会社や政府の関与、②政府調達における互換性の推進と調達システムの改善、③資金提供サイドにおけるソフトウエアの的確な把握のための体制整備、が考えられる。キーワード:ソフトウエア産業、ベンチャー企業、社会余剰、互換性
- 新藤 晴臣 (大阪大学大学院経済学研究科)
「ベンチャー企業の成長・発展とビジネスモデル」 -
「成長・発展を続ける企業とそれ以外の企業との間には、どのような差異があるのか」「企業の成長・発展は、どのようなプロセスを経て行われるのか」という命題は、経営学における普遍的なテーマの1つである。本研究は「ベンチャー企業の成長・発展メカニズムを明らかにする」ということを目的とし、「ビジネスモデル」という概念を用いることにより、成長・発展メカニズムの解明を試みることを1つの特徴としている。「ビジネスモデル」とは「ビジネスコンセプトに基づき、顧客に対する独自価値の創造・提供を行うための、事業の仕組・構造」のことである。本研究は「ビジネスモデル」を鍵概念として用いることにより、既存研究においては十分に説明しきれなかった、ベンチャー企業の成長・発展メカニズムの解明を試みている。
キーワード:ベンチャー企業、アントレプレナーシップ、成長と発展、ビジネスコンセプト、ビジネスモデル
- 平松 庸一 (早稲田大学アジア太平洋研究科)
「ベンチャー企業と戦略的人的資源管理」 -
本論文は、ベンチャー企業を対象として、戦略的人的資源管理論に強い影響を及ぼしている「資源ベース観」(resource-based view)を適応して、「人的資源管理システムこそが持続的競争優位の源泉である」という立場から考察を行う。特に人的資源管理システムのアウトプットなる従業員コミットメント特性と創発パワーに注目する。創発パワーは、本論者の造語であり「創発的な従業員からの影響力」と定義して使用される。ベンチャー企業の成長ステージごとに必要な人的資源管理施策があることを実証するために、郵送による質問紙調査を実施した。創発パワーは従業員コミットメント特性に影響を与え、スタートアップ期から急成長・安定期に移るにつれてHRM施策の多様性が必要とされることが実証される。ここにベンチャー企業の急成長期以降における戦略的人的資源管理施策の重要性が予見される。
キーワード:ベンチャー企業、戦略的人的資源管理、資源ベース観、コミットメント、創発性
- 高橋 勅徳 (沖縄大学)
「起業と文化の関係性」 -
本論文の目的は、起業と文化の関係性という視点から先行研究を理論的・体系的に整理し、その理論的貢献と限界を提示することである。
先行研究において文化と起業の関連性は、「動機の源泉としての文化(2.1)」と「社会/集団の編成原理としての文化(2.2)」のという二つの視角から議論され、研究が蓄積されてきた。本論文ではこれらの研究の理論的レビューを通じて、先行研究において起業と文化の関係性が、社会化と制度化という概念を用いることで、起業の実践を通じて文化が形成-維持されるとする、再生産モデルに基づいて展開されていることを指摘する(3.1)。この再生産モデルは、特定の組織/集団において起業が連鎖するメカニズムを、組織/集団内の閉じた再生産プロセスとして捉えている。そのため、一度組織/集団内部で、起業を介して文化が再生産される状況が成立すると、その再生産プロセスに変更される現象を捉えることが困難になる。本論文では、この理論的限界を克服する方向性として、二つのアプローチを提示する(3.2)。キーワード:動機の源泉としての文化、組織/集団の編成原理としての文化、社会化、制度化、再生産モデル
事例研究論文
- 岩間 仁 (横浜国立大学大学院博士課程後期)
「新産業の創出におけるアントレプレナーシップと市場環境の相互作用」 -
日本は、現在、新事業・新産業の創出に難渋しているが、新事業・新産業の創出のポイントは、何をつくるかを決める製品計画プロセスにある。
本稿では、まず、製品計画がアントレプレナーシップと市場環境との相互作用から策定されるというモデルを提示する。そのプロセスは以下のとおりである。始めに、戦略ドメインとビジョンに基づいて、技術者のマーケティングを行い、それにより潜在ニーズを体感(マーケットイン)する。それを有力情報として製品コンセプトを創造し、その製品コンセプトをベースとしたセミプロダクトを顧客に提示(プロダクトアウト)する。これにより潜在ニーズを確認し、かつ詳細ニーズを把握(マーケットイン)して、それを詳細企画に生かす。
次に、このモデルの有効性を、東芝を中心とする日本語ワードプロセッサ産業の創出と盛衰を事例に用いて示す。キーワード:新産業、アントレプレナーシップ、製品計画、日本語ワープロ
- 野木 大典 (名古屋大学人間情報学研究科)
「ビジネスインキュベータの概念構築過程」 -
欧米のBIに関する既存研究の整理とアメリカにおけるBIの動向を通じて、BIに関する議論の展開を明らかにし、日本のBIへの適用可能性を提示した。
BIに関する調査・研究は1980年代から始まり、BIの定義や構成要素が整理され、理論的な基礎が整備された。1990年代に調査・研究は大きく進展し、BIに関する実証的な共通基盤が整備された。
BIに関する議論はBIの構成要素、有効性、採算性の3点に整理された。主要な課題として事業スペースの存在、新規創業への有効性、採算性の設定があげられ、最後に日本のBI研究への課題を示した。キーワード:ビジネスインキュベータ、既存研究、概念構築、欧米、日本
- 姜 栄柱 (東北大学大学院)
「政策助成クラスターの成長過程におけるキャズムの存在と克服に関する考察」 -
本稿の目的は、政策助成クラスターがその成長過程において経験するキャズム(Chasm) の存在を究明することである。本稿では、韓国の代表的なハイテク・クラスターのテドク・バレーのケースを調査・分析することにより、政策助成クラスターのキャズム発生のメカニズムを明らかにする。
ムーアは、キャズムという用語を「ベンチャー企業がその成長過程において経験する大きな挑戦、あるいは深い溝」と定義し、ベンチャー企業が急成長するには必ずキャズムを乗り越えなければならないとしている(Geoffrey A. Moore、1991)。本稿では、「キャズム」という用語をイノベーション・クラスターの成長過程において経験する挑戦ととらえ、政策的に助成されたクラスターは、自然発生的に形成されたクラスターとは異なるキャズムを経験することを明らかにする。イノベーション・クラスターがさらに成長を続けるか、キャズムに落ちて衰退していくかは、各クラスターがキャズムをいかにして乗り越えられるかに大きくかかっている。キーワード:イノベーション・クラスター、キャズム、政策助成クラスター、スピンオフ、選択と集中