学会誌

日本ベンチャー学会誌No.32 論文一覧

事例研究論文 /Case Study

石谷 康人

起業家的アイデンティティからの持続的競争優位の達成


本論文では、起業家のアイデンティティが組織の戦略実践の源泉となり、持続的競争優位の達成に影響を 及ぼすプロセスとメカニズムを示した。そのために、国内の歯科用金属材料の分野で競争優位を発揮している山本貴金属地金株式会社の事例研究を行った。さらに、個人学習と組織学習の統合モデルであるOADI-SMM(Observe, Assess, Design, Implement- Shared Mental Model)を用いて分析を実施した。起業家のアイデンティティは、OADIサイクルによってメンタルモデルとして形成され、組織アイデンティテ ィに発達しつつ共有メンタルモデルに組み込まれた。それが、組織行動の源泉となり、OADI-SMMに好循環をもたらして、同社の持続的競争優位に作用した。 個人学習と組織学習の連関の視座は、アイデンティティ形成と戦略実践の結びつけに有用であった。しかし、本検討はOADI-SMMへの理論的依存度が高い単一の事例研究であることから、普遍性の面で限界がある。

Key words:起業家的アイデンティティ、OADI-SMM、組織学習、持続的競争優位、アントレプレナーシップ

日本ベンチャー学会誌No.31 論文一覧

研究論文 /Article

和田 雅子

コーポレートベンチャリング形態の選択に関する考察


本研究では、大企業の新事業創出においてコーポレートベンチャリング(CV)形態の選択に影響を与える要因を事例研究により明らかにすることを目的としている。研究方法は、ANAホールディングスの完全子会社であるLCCのバニラエアの事例を用いて分析を行っている。バニラエアは、これまでに複数のCV形態の変遷を辿っており、単一事例研究でありながらも、変数を排除した考察ができる。
結論として、CV形態の選択では3つのことが明らかとなった。第1にCV形態の選択には、CV形態の長所・短所が直接的影響を与えている。第2にCV形態の長所・短所には、新事業の範囲と新事業の活用資源(内部・外部)が影響を与えている要因となっている。第3にCV形態のコンテクストは、母体企業をCV形態の選択へ導くベースとして、CV形態の選択に影響を与える要因となっている。
今後はこれらの研究結果を踏まえ、複数事例研究や定量研究による研究の堅牢性を高めていきたい。

Key words:コーポレートベンチャリング、ジョイントベンチャー、買取、内部開発、ローコストキャリア

事例研究論文 /Case Study

安士 昌一郎

企業経営における教育事業


本論文では、企業経営における教育事業の持つ意義を考察する為に、医薬品の製造と販売を試み、日本全国にチェーンストアを展開した星製薬株式会社の事例を、創業者である星一の企業家活動を中心に分析した。
分析には、星製薬株式会社の営業報告書、社報、星一の著書、言語録を中心として用い、星薬科大学の大学史、星一の評伝なども参考にした。
星は若くして米国のコロンビア大学で学び、帰国後は医薬品の製造販売を中心とした星製薬所を創業し、株式会社へ改組し、チェーンストア方式を取り入れ発展させた。販売においては広告宣伝を活用し、消費者の耳目を集めた。販売網を築くにあたり、啓蒙教育活動の要素を取り入れた。
星の教育事業は、長期間を要する人材育成を優先するという考えの下に推進された。これがコーポレート・アイデンティティの確立を推進し、販売網の拡大にも貢献し、同時に企業成長の一因となったことを示した。

Key words:製薬事業、教育事業、企業家活動、チェーンストア、コーポレート・アイデンティティ

久保 吉人

成熟市場におけるデザインドリブンイノベーション


本稿は、高級扇風機と呼ばれる新市場形成を、ほぼ同時期に成し遂げた家電ベンチャー企業2社の事例研究を通じて、次のようなことを明らかにした。
両社の共通点は、「風の質感」改善のために、羽根車やモータを「新技術」へ置換することで、高級扇風機という製品カテゴリーを創出した点にある。その中で、2つの企業のデザインに対する思考には、次のような違いがあった。バルミューダは、新しい多翼二重構造の羽根開発に成功したにもかかわらず、「実用性への考慮」から既存の扇風機の外観デザインに固執した。しかしながらダイソンは、空気誘引技術を採用し、外観から羽根車を排除することに成功、羽根のない扇風機という「意味の急進的な変化」においてドミナントデザインには従わなかった。
また本稿は、成熟市場での新市場形成プロセスにおいて、同じ戦略を採用した両社のその後の経営成果についても分析を行った。その結果、市場参入時にドミナントデザインに従ったか否かは、新市場形成には関係が無かった。しかし、その後の製品展開が異なることを明らかにした。

Key words:成熟市場、高級扇風機、新市場形成プロセス、デザインドリブンイノベーション、ドミナントデザイン

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