2015年 第1回「日本ベンチャー学会松田修一賞」受賞
各務 茂夫 氏(東京大学教授、産学連携本部イノベーション推進部部長)
野長瀬 裕二 氏(新都心イブニングサロン世話人、山形大学大学院教授)
各務茂夫氏(会報vol.67)
野長瀬裕二氏(会報vol.67)
<第1回松田修一賞 受賞の言葉> 各務 茂夫氏
松田修一賞の受賞を大変光栄に存じます。審査にあたられました先生方、本当にどうもありがとうございました。同時に、松田修一先生のこれまでの長きにわたるご功績を考えますと、私のやっていることはまだ遠く及びません。と従いまして、今回の受賞はこれからもさらに励めという叱咤であると受けとめております。大変嬉しく思っております。
考えてみますと、私が大学で起業家教育らしきものを始めましたのは国立大学法人化の翌年2005年です。アカデミックな意味では単位にならない「東京大学アントレプレナー道場」というものを2005年度から始め、今年11年目になりました。長くやっていますと、これまで約80名の学生が起業し、約60社の会社が生まれるようになってまいりました。同時に起業家教育もずいぶん進化してまいりまして、途中、正規の講義を大学院工学系、工学部でもやるようになり、最近では医科系の部局でも教育を担当することになりました。私は本来、実務に携わる役割としてイノベーション推進部長を仰せつかってきたのですが、これも幸か不幸か、東大の場合、学内にビジネススクール的な講義を提供している部局がないこともあって、教育部局でない私が起業家教育をやることになったわけです。
ここにきて、当初はNEDOのご支援、次に経産省のご支援をいただき、今は文科省のEDGEプログラムということでやっておりますが、研究者のためのイノベーション人材教育にも携わってまいりました。一昨年の学会で、清成先生から「仕組みを作っても最後は人材だ」というお話があり、教育の持つ重要性が強く示唆されました。先程、金井先生がセッションの最後でおまとめになった際、オープン・イノベーションというものが共通言語を持たなければいけないという話がありましたが、考えてみれば、これまで私たちがやってきた「研究者の学術論文をいかにビジネスの匂いのする言葉に変え、事業化プランに仕立て上げるか」ということも、考えてみますと、教育を通してですが、オープン・イノベーションの取り組みの中で共通の言葉を作るということになるのではないかと思いました。なお一層努力し、今後も同僚と共に起業家教育を進めていきたいと存じます。今後とも引き続き、皆様方のご指導をよろしくお願い申し上げます。本日はありがとうございました。
<第1回松田修一賞 受賞の言葉> 野長瀬 裕二氏
尊敬する松田先生の名を冠した賞をいただき、尊敬する池田副会長の審査委員会から賞をいただき、しかも尊敬している各務先生と一緒に賞をいただけるということで、今日は非常に幸せな日です。よく考えてみると私は、企業訪問をはじめて30年になります。そして企業家達の支援をはじめ、各地に仲間ができてきたのが20年強前です。この20年強、いろいろな企業のマッチングや支援をしたり、中へ入って共同研究をして課題解決をしたり、という活動を続けてきました。その間、いくつか大学を移っているのですが、やっていることは継続しており、交流する企業家は広域化してきました。ここ数年は、昔の延長上のやり方では限界があるということで、企業家の皆様の相談内容が急激にレベルアップしてきています。このまま相談のレベルアップが続いていくと今後もニーズに応じられるのかなと思う時もあります。そういう時には松田先生の顔を思い出して、松田イズム、つまりは、いつも企業のことを第一に考え、それを研究にフィードバックするという基本に立ち返ることにしています。これからも皆さんのご指導のもと、活動を続けていこうと思います。本日は、どうもありがとうございました。
<松田修一賞総評> 松田修一賞審査委員会委員長 池田弘氏
第1回ということで2月から公募し、8名の候補者をご推薦いただきました。その中で、初めての委員会ということもあり、目的からしますと、起業家教育、支援をする実践者という2つの視点がありました。いろいろな議論がある中で1人だけ選ぼうということだったのですが、今回は教育支援と、社会活動を実践する2つのカテゴリーごとに選んだ方がよいという結論になりました。
実は、私は日本ニュービジネス協議会連合会の会長をさせていただいています。私ども企業人もある程度のパーセンテージ入っておりますし、ニュービジネス協議会の中でもいろいろな連携をしてきていますので、その形も少し推進し充実させたいと考えています。その先駆的な意味で、松田先生は日本ニュービジネス協議会連合会の副会長をされ、政策担当をやっていただいております。そんなこともありまして今回、委員長を喜んで引き受けさせていただきました。皆さんすでにご存知だと思いますが、松田先生は大変実践的な活動をされて、企業のアドバイスでは上場企業をいくつも作るお手伝いをされるなど、深く入り込んでいらっしゃいます。そういったことをニュービジネス協議会連合会とこの日本ベンチャー学会が推進できればいいと考えています。
12年ほど前、実はニュービジネス協議会の活動をしようと東京大学へ行きました。その時に大きな話題になったのは、米国などでは一流大学であればあるほど多くが自分でベンチャーを起こすなり事業にチャレンジするという話を聞いていたものですから、日本の大学、東京大学はどうなのだろうと調べると、ほとんどないと。そういう中で、ニュービジネス協議会が何かお手伝いできるのではないかと訪問しましたが、門も開いていただけませんでした。それから各務先生がこうやって実践道場を開かれて、一説によると1兆円を超える株価がつくところまで東京大学発でベンチャーを作られてきた。見事な活躍だと思っていたところです。
もうおひとかたの野長瀬先生は、新都心イブニングサロンにおいて、ものづくりを中心とした起業家の方が集まる、活発な異業種交流会を主宰されています。それも新都心だけでなく遠く何カ所かやられているということで、多くの起業家に慕われ、いろいろな相談を受けておられます。企業家の実践者の中に飛び込んで素晴らしい活動をされ、なおかつ研究発表をされている。素晴らしい方もいるのだなと思っている中で、このお二人が受賞されました。
最近は、経営者としてベンチャーを起こし、その経験を元にファンドとして支援するなど、いろいろな活動されている方も増えていますので、そうした方々も表彰できるような流れになると、本来の趣旨である研究者と実践者という意味で、学会がより幅広く活躍できるのではないかと思います。
また今後、ニュービジネス協議会では都道府県単位で表彰を行い、それを地区、全国に上げ、総理大臣賞につなげていきたいと考えていますが、そういう中でベンチャー学会の皆さんに深く関与していただき、審査委員会などいろいろな形で深く連携し、活躍の場を広げていただきたいと思います。
地域が活性化し、雇用の場を作るためにも、大切なのはやはり企業です。既存の企業が大きくイノベーションするとともに、ベンチャーを育成するお手伝いをすること、新しいやりがいのある場を地域に作っていくことが重要です。ニュービジネス協議会では松田先生にアドバイスをいただき、論理的に整理して政府に提言をしています。そういう意味でも、ニュービジネス協議会と日本ベンチャー学会は非常に親和性の高い活動をしていることを改めてご理解いただけると思います。
この時期に、地方創生も含めてベンチャーが起きていかなければ日本が衰退するという中で、この賞が設けられたことは、素晴らしいことだと思っています。
<松田修一氏挨拶>
ベンチャーの研究体系を確立するとともに、北海道、大阪、東京を飛び回っている「動くベンチャー学会会長」の金井一賴先生のもとで、このような賞が創設されたことを厳粛に受け止めていると同時に、非常におもはゆくも責任を痛感しています。冠賞の創設につき長年遠慮していましたが、日本固有な大学運営の中で、ベンチャー支援やベンチャー教育が大学の基本機能の一翼を担っているとは言い難い現状を考えると、自らの信念に基づき、多くのリスクを顧みず、使命感をもって、ベンチャー支援を継続している方々に対する表彰があってもいいのではないかと考え、この創設に賛同した次第です。
清成先生、中村先生、平尾先生が『ベンチャービジネス』という本を出されたのが71年。ハイテクブームのスタートの時期ですが、私は73年までパート公認会計士として10年間大手企業の法定監査に従事しておりました。73年の第一次石油ショックの到来した30歳の時から、会計や監査という手法を通して、もっと人と人がぶつかって相互に刺激を受けながら仕事をすすめるような業務につきたいと思い、会計事務所で最も幅広い業務をしていたサンワ事務所(現トーマツ)に入社し、企業の調査の仕事に従事しました。それから7年間、福岡・大阪にも転勤しながら、西日本エリアの仕事をしていました。81年東京に呼び戻され、日本で初めて日本合同ファイナンス(現ジャフコ)の監査担当になり、これまでの調査企業は、まさに戦後のベンチャービジネスであると初めてわかり、今日に至っている次第です。
ベンチャー企業の支援は、トップの意思決定に対するアドバイスをすることによって、それが正しかったかどうか、すぐに「実験」できることです。その成否によって次なるアドバイスをするという、仮説→検証サイクルが可能な実験科学に近い面白さがあります。このような関係者が集っている日本ベンチャー学会は、夢を持った方々の相互研鑽の場という楽しさがあります。日本のイノベーションエンジンの一翼を担うベンチャー企業を、アカデミックな立場から研究し、その成果を教育の場で活かし、また社会実装の場で支援する多様な方々の集団ともいえます。存在する多様なコミュニケーションネットワークを活かしながら、スモールユニットからの仮説・検証サイクルをシステマティックに作りだすことが可能なユニークな学会です。
多くの学会は縦割り組織の学問であるわけですが、日本ベンチャー学会は、スモールユニットを研究対象としているために、縦機能を横串刺した領域を一体的に扱わざるをえません。そういう意味で、アカデミックな研究者と実践者、プレーヤーとしての実践者や支援者、こういった方々が一体となって、ベンチャー企業を盛り上げ、一過性のブームではなく社会風土になるような変革を推進する場でもあります。この賞の創設が、高齢・成熟社会になった日本の新たなイノベーションを作り出す一助になれば望外の喜びです。
今まで七転び八起きを繰り返しながら、一点の光明を見出した時の感動をまた味わいたくて、只々長期にわたりベンチャー支援を行ってきた松田にとって、賞の創設にご努力いただいた皆様に、感謝申し上げます。