日本ベンチャー学会清成忠男賞

2009年 第4回清成忠男賞 受賞者・受賞論文

<受賞者氏名>高橋 勅徳 氏(首都大学東京大学院准教授)
<受賞論文タイトル>「埋め込まれた企業家の企業家精神」
<掲載誌名・号・年>『日本ベンチャー学会誌 Venture Review』No.12、2008年
論文

<論文要旨>

 本論文は、文化と起業の関係を捉える新たな理論的視角を提示することにある。
 先行研究において文化は、人々を起業へと動機付け、起業に際して必用な資源動員を可能とする正統性として機能するとされてきた。しかしながら、近年の制度的企業家論において、正統化戦略の一つとして文化の変革・構築が指摘されるに至り、文化に動機づけられた企業家が、何故、文化を変える動機を獲得しうるのかを問うことが出来ない、循環論的定義に陥るという課題を有することになった。
 Guard et al.(2007)らはこの問題について、企業家を文化に「埋め込まれた」存在としてとらえ、その企業家精神の発現メカニズムを捉えていくことを企業家研究の課題として指摘する。本論文ではこの「埋め込まれた企業家」の企業家精神の発現メカニズムについて、神戸元町の在日華僑の起業の事例を通じて、人々がその内に経験する「断絶」を経域に、自らのアイデンティティを問い直し、文化を再構成するプロセスとして明らかにしていく。
 キーワード:文化 埋め込まれた企業家

<Abstract>

 The purpose of this paper is reconsidering for cultural perspective in entrepreneurship research.
 This paper reviews preceded research from cultural perspective, taking notice of two viewpoints, culture as a source of motivation and culture as legitimacy for resource mobilization.
 Culture understands as source of motivation and viewed informal system of entrepreneurial organization or region, in psychological study as MaClleland(1961), corporate entrepreneurship research as Pinchot(1986), and studies of Collaboration with industries and universities as Gupta(2002).
 In the other side, studies of culture as legitimacy for resource mobilization, Culture is viewed as tool for entrepreneurs. For instance, in ethnic entrepreneurship research, ethnic entrepreneurs embedded in ethnic culture can mobilize resources from ethnic market through ethnic network.
 In addition, institutional entrepreneurship research insistence on changing of culture as institutional strategy. Entrepreneur can mobilize resources to acquire legitimacy, but they can legitimate themselves for constructing new culture. However, Institutional Entrepreneurship research didn’t pay attention to “Why are people motivated changing culture?”
 To solves motivation for changing culture, our studies proposes emerging entrepreneurship of embedded entrepreneur(Guard e al. 2007). In recent study, Embedded entrepreneurs can emerge entrepreneurship through internal conversation against discontinuities(Much, 2007), like as obstruction of labor market. Accordingly, they are motivated to reconstruct their identity and change culture.
 In this paper, we analyze Chinese entrepreneurs in Kobe-Motomachi, to understand emerging entrepreneurship of embedded entrepreneur.
 To understand emerging entrepreneurship of embedded entrepreneur is an important research agenda in entrepreneurship research and practices.
 Key words: Culture embedded entrepreneur

<受賞の言葉>

 この度は、第4回日本ベンチャー学会清成忠男賞という名誉ある賞を頂き、大変感謝しております。
 この賞を頂いた論文は、もともと、8年前に提出した私の博士論文をもとに、作成したものです。我が国は移民やエスニック・マイノリティが少ないという状況であるため、文化人類学や都市社会学といった他領域以外で、移民企業家が研究対象として注目を浴びることは希でした。そのため、大学院時代に原型ができあがっていたこの論文も、日本ベンチャー学会学会誌に掲載されるまで、発表先が見つかりませんでした。経営学としても扱われることが希なこの論文の、掲載を許可していただいただけではなく、学会賞として取り上げて頂いたことに、感謝を申し上げます。
 また、欧米の移民企業家研究は、差別構造を踏まえた起業への動機、ネットワークを介した資源動員、エスニック・マイノリティとマジョリティとの政治的関係を経た社会秩序の再構築課程としてのイノベーションという、企業家研究でもっとも洗練された論理体系を有しております。この受賞が、我が国でも移民企業家研究が知られる契機になれば幸いです。
 最後に、この受賞論文は、近年注目を集めつつある新制度学派組織論に基づいた企業家研究の展開を取り入れて作成したものです。現在、経営学の新たな理論的潮流となりつつある制度派組織論において、企業家研究はその調査対象と方法論的先進性から、注目されております。経営学という学問領域において、企業家研究が大きな理論的・実践的貢献を期待されている中、日本ベンチャー学会でこの論文が学会賞に選ばれたことは、非常に意義深いことであると考えております。
 これから、この学会賞の受賞に慢心することなく、我が国のベンチャー学会の学術水準を向上するような研究活動に邁進していきます。

<清成忠男氏挨拶>

 現在は、大きな歴史的転換期である。こうした時代には、新しい事業機会が数多く生まれる。こうした事業機会に対応する挑戦者も数多く登場する。
 したがって、ベンチャー企業、企業家活動、イノベーションなどに関する研究テーマは大きくクローズアップされる。問題が深化するから、新しいアプローチの方法がつぎつぎに生み出される。フレッシュな感覚を有する若い研究者の挑戦に期待するところ大である。
 例えば、一方における多様化し成熟した数多くの産業、他方における現代社会が生み出した問題の山積、こうした状況下で需給が結びつき数多くのイノベーションが登場している。
 だが、こうしたイノベーションのメカニズムは必ずしも解明されていない。とりわけクラスターにおける先端技術分野のイノベーションは、わが国ではまだほとんど解明されていない。新しいパラダイムともいうべきオープン・イノベーションともなれば、それを研究対象とすることによって新しい知見が生まれ、それが政策の策定にフィードバックされれば、社会に貢献するところ大である。
 政府が新成長戦略において提唱している「ライフ・イノベーション」や「グリーン・イノベーション」にしても、具体的なイノベーション研究を踏まえることによって大きく花開くはずである。
 あらためて若い研究者の挑戦に期待したい。

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